自作*アナライズ

作曲した内容の公開と分析です。参考となる部分があったら嬉しいです!

7/8ライブ・ダイジェスト版なのだ〜!

http://irrmeter13.wixsite.com/pianist-taka/unit

そういうことで、7月8日ライブのダイジェスト版でございます。

Youtubeにアップしてもアクセスはたかが知れているので、もう最初からブログとTWくらいでOKと。

僕達の音楽は、おそらく一旦外(ドイツ・北欧)に出て行かないと、とても難しいと思います。

広報活動をサボるわけではないけれど、今は音楽本意にまいりたいと思います。

さて、ここに置かれているのは1回目ライブの吉祥寺シルバーエレファント、2回目ライブの四ッ谷Doppoとなります。

四ッ谷の方はベースのナカシが自分のスマホで録ったもので何故かモノラルになっている。何とか聴けるようにDAWで手直ししております。

これで聴くと分かるのですが、通常のジャズピアノトリオとは向いている方向が異なります。

演奏そのものを聴かせるというよりは、演奏はツールみたいなものです。中心線に置かれるのはあくまでも素材あってのイメージ表現ということになります。語弊を恐れず言ってしまうと近似性があるバンドを少々強引にあげると「ELP」ということになりますか。

彼のロシアを代表する作曲家・プロコフィエフは、複雑な音楽を造りたいのであればそれは単純な音使いの重なりでなければならない、という言葉を残しております。

深いですね!分かるような気もしますが、実践するとなると超難しい。

この2回目のライブでは、ドラムのSさんからソロに対するアプローチに問題があると意見があり、リハーサルでその辺を精査、練習しております。

その効果なのか、脈絡のない展開は影を潜め(それはそれで面白いところもあるのですが、イメージ表現ということからすれば厳しさに欠けている、と言われても仕方ないでしょう。)1回目ライブにはなかったカタマリ感が出ているようです。

また、このバンドの持つ絶対に失ってはいけない特長である「重さ」「趣のある出音」「大きな推進力」は保たれており、それはリズム隊二人の組合せから来るものです。

彼らはそれに気付いているでしょうか?

僕は得難いリズム隊を得たと実感しております。

勿論、完成の域にはまだまだ達しておりません。

その大きな理由のひとつに、僕があまりに弾き過ぎているからです。

もっと音出しに対して整理し、リズム隊を前面に持って来るように考えたい。

キーボードはシンプルに、シンセサイザーサンプラーの音を突き詰めたい。

シンセというよりは、オルガンを元にサウンドを造ったらどうだろう?と愛用のKORG/R3でオルガンの音を造ってみました。

本当はこれにオーバードライブをかけたいのだけれど、EFにそういうのがない!!のが残念。もっとパーカッシブにあのELPのタルカスのような音にしたいのだけれど、ああいう音を、、というのなら実はオルガン専用機を買った方が良いかも知れない。

YAMAHAミニ鍵盤、赤いのがありますよね。ミニ鍵盤は好まないのですが、明日楽器屋さんに行ってみようかな?と思います。

オルガンとは言っても、実はサウンド幅が意外に広い。EFを考えると、ギターレスのガッツのなさ、インパクトのなさを改善出来るかも知れない。

なるほど、キース・エマーソンはだからオルガンか!!と。

ということで、ヴォイスと共にオルガン導入を考える昨今なのです。

ライブ後検証

7/8ライブは、無事終わりました。

普通、無事の後に「?」を付けるのですが、昨晩のライブは問題なかったと思います。

リハーサルの音出では、どうなるか!!と言う程にヨレヨレでしたが、これが良かったようです。反省し謙虚な気持ちで臨めたからでしょう。

本サイトの主旨に合わせライブの内容を検証したいと思います。

集客、評価、音響なども無視出来ない要素ですが、ここは純粋に音楽本体に絞り込もうと思います。

まずアレンジ面です。

アレンジ=コードプログレッションと言い切れるのかな?と思います。特にこのバンドはピアノトリオですので、楽器要素がシンプルでこのコードの摺り合せと音の使い方の比重はかなり大きい。

限られた時間で動いているので、見切り発車しているところがありますが、そこを詰めておくべきでしょう。そうすることで曲全体がタイトでスッキリしたものになります。

例えば、ソロパートでDm-Amの繰り返しがありますが、このソロは大変上手く行ったものの、終止がはっきりせず曖昧です。昨晩それがさほどマイナスにならなかったのは、たまたま演奏の状態が素晴らしく良く、演奏力で乗り越えたからです。

しかし常にこの状態を維持出来るか?と言われれば、精進はして行くものの、その時々の様々な要因から、不透明な状態ということになります。

それで、この終止形を緻密な造り上げておく。それはルールで縛り付けるのではなく、自由な枠で自然に収束させるようにラインを作っておくわけです。

そこには研ぎ澄まされた「耳」が必要です。

ピアノがこの旋律を弾いたら、ここからこのコードへと流れて行くという精密な流れ設定します。

例)

Dm - Am

Dm - Am - B♭ - Em9

上記2段目のDmにおいて他二人に分かるサインとなる旋律を提示します。

それによりEm9の終止形に音楽が自然に流れて行く。

 

テーマには問題は感じられません。もっと反復練習すればこなれて作品のスケールアップにつながるでしょう。

課題はソロ、インプロにあります。インプロのシンセの使い方にもっと工夫が欲しいし、おそらく前々から感じていたシンセよりもサンプラーにポイントを置いた方がこのバンドの方向性に沿うものであろうと考えています。またシンセに頼らずとも、ベースやドラムのアレンジを深化させることで、またピアノをエレピやクラビに変更する程度で(それでも大変な音色変化ですが、、笑)十分ではないかと思います。

自分達が主である必要は無い。サンプラーというマシンが主軸で、それに対して三人はアプローチを繰り返すという音楽のやり方が在っても良いと僕は思います。

そういう考えを好まない音楽家もいらっしゃるでしょう。

僕の場合、イメージを表現したいというのが音楽の根幹なので、その方法に制限を設けたくないという思いがかねてから在るのです。

まとめますと、課題はコード終止形の詰め。そしてシンセ使用をもっと考える。

この2つになると思います。

大きな収穫もありますが、このバンドが目指しているのはもっと上のところにありますので、これで満足していては面白くないのです。

ヴォイス等のゲストの必要性もあります。

余談ですが、昨晩の演奏中に「ああ、、このバンドをやって良かった!!」と感じた瞬間が2、3回在りました。

これは今までで最も成功したバンド(もちろん僕の中で)「FLAT122」というベースレストリオ以来、7、8年ぶりくらいのことです。

こうした自分の直感はとても大切にしたいと思います。

このような音源を渡します!

バンドに渡すデモ資料をアップしてみた!

普通こういう音源はアップしないのですが、たまにはイイでしょう。

作曲して資料をメンバー達に渡す時、音源があった方が良いと考えるのが普通ですが、実は若干引っかかりを感じております。

譜面だけを渡して、後は彼らの想像力にお任せした方がよりバンドの音につながる気がするのです。

ただ譜面から自分の音にして、前面に音楽性を出せるアーティストはそう多くないと思います。普通譜面から解釈を入れて演奏するのはクラシックアーティストです。

最近バンド音楽でも音大出身が多く進出して、音楽の基本的なところがカッチリしている場合も多いです。

バンドの有り様として、それが理想とは言い切れませんが、大きな要素である事は確かです。作曲者側からすると、最低限自分の描いているところから外れてほしくないというのがあります。イメージしているサウンドに対して演奏内容が大体で良いので収まっているのが望ましい。

収まっていれば、何をやってもOKというところもあります。

音源はDAWでプログラムしたものですが、僕は旧タイプの人間なので全てMIDIで昔のシーケンサーと同じように打込みます。

アノトリオのピアノ、ベース、ドラム、これを全てリアルタイムで弾いています。これが一番素早く形になり、また自分の感性に忠実という気がします。

最近は、それを殆どエディットせず、2TRにまとめる時点でコンプやEQを適当に通すだけです。ピアノはそれもありません。KORG/SV-1を使用しておりますが、このステージピアノは本体側で追い込んでおくと、それで十分という感じです。

さて、これをメンバーに聴いていただき、彼らがどのように返してくるかが問題です。

トリオなので、一人の取り分が大きいだけに、そのキャラとバックボーンが分かりやすい形で出現します。鈍い僕でも彼らの反応、その内容は手に取るように把握出来ます。

アノトリオはメンバーチェンジが少ない印象がありますが、それはそうでしょう。例えば、信頼しているドラマーが変ったらそれはもう青天の霹靂です。

誰もが知るビル・エヴァンスは頼りにしていたスコット・ラファロが自動車事故で亡くなった時、大変なショックを受けたと聞きます。僕はその後釜のエディ・ゴメスの方が好きですが、ピアニストにとってベースは相当大きな存在であり、トリオの中ではドラムとピアノの調度中間に立つ、重要な橋渡し役なのです。

そういうことで、この音源もベースには時間を要しております。

この作品も7/8四ッ谷Doppoで演奏予定ですが、実はこの音源と比較して聴いたら面白いと思います。

やはりライブは良いよね!!となってほしい。

心から願いますし、頑張りたいと思います♬

だってピアノトリオでしょ?

さぁ、、7月8日/四ッ谷Doppoライブが近づいて来てしまったぞっっ!

大丈夫か??(笑)

アノトリオをスタートさせて約半年経過しようとしております。上手く行っているのか、足踏みなのか、、今ひとつ分かりませんが、最近ハッキリと理解した事。それは、もっとピアノで引っ張らないといけないということです。

▼以下の譜面は現行の我が珍曲Spiralのピアノパートの冒頭となります。

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以前の譜面ならもっと寒いものだったでしょうし、比較的大きなユニットで演奏していたのでピアノは音数を意識的に減らしていたところがあります。

つまり、大きな編成で音数を最小にという考え方を好んでいたところあります。

大編成なのに音が点在しているイメージでしょうか。

しかし、その考え方は局面においては捨てる必要はないのですが、やっているユニットはピアノトリオです。

テク二ックと優れた音楽性を持つドラマーからの鋭いアプローチを受けて、急ピッチでピアノパートのスケールアップを計っております。せっかくドラムが作曲側にカッチリ沿って来ているのに受け手がフラフラとしていては情けないのであります!

特にテーマの弾き方に妥協のないように、細かいコードプログレッションとそれに伴うラインの構築、他の楽器の必要性など全く感じられないように徹底的に磨き上げなければなりません。パートとしては前半ほど梃入れが必要なのは前々から感じておりましたので、先ほども出勤前に練習とアレンジと同時進行で頑張っておりました。

若干、持ち上がって来たかもしれません。

そもそも、この作品のテーマはシンプルなコードを基調としておりますので、ピアノのテクニックが如何様にも引っ張り出せるはずなのです。

これは、時間が在れば(在ればですが)クラシック古典を少しさらった方が良いかも知れない。モーツァルトとか、ベートーベンとか。

やはりバッハですかねぇ。例によって。

今日、夜、帰宅したら、少しでも弾きましょうか。

(こうして書いておけば、流石に実践するはず?、、^^!)

アノトリオという編成から来る重圧を日に日に感じてまいりました。

大変ですね。でもやりがい充分です♬

リハーサルの出来って?

下記ライブに向けて、昨日リハーサルがございました。

7月8日ライブ(四ッ谷Doppo於)

リハが終わった後、今日のリハは充実していたとか、よく分からなかったとか、そういう実感があります。

またその内容と結果を精査することも大切。

ライブ本番も同じく、避けたいのが垂れ流しで回数だけが増えていくというもの。

さて、そこで昨日のリハはどうだったでしょうか。

まず、ドラムのSさんがお疲れで若干遅刻となりましたので、ベースのN君と調度コードの摺り合せが必要な箇所が多くありましたので、音合わせをしながら確認することにしました。これが良かったです。全員揃ってこういう内容で時間を要するのは、具合がよろしくないので。

そこで、例のワープロ譜面のネガなところがあぶりだされ、ワープロで書かれた譜面ですと、拍の数え方が不明で、メンバーによって倍になったり、逆に1/2になったりで、結局パートの尺が変ってしまい、全くサウンドが合わなくなるという初心者だってやらないだろう!という(笑)恥ずかしい事態となることが判明し、場合によってはやはり譜面を用意するべきという結論となりました。

ただ、もうひとつの意見としては、コードの表記はあるので、音楽が完成されている以上は耳で判断出来るのでは?という見方もある(これは僕の考え)という、作曲者側の言い訳もありましたが。。

さて、三人揃ってからはテーマからソロパート、そしてまたテーマという流れをどのようにするか?ということで演奏と確認を繰り返しました。

そして作品のひとつ、テンポを変えてみるという僕の提案で、これまでのテンポとの比較を行い元のテンポでも比較的に遅めだったので、それでOKではないか?というドラマーさんからの意見で、確かに実際バンドで演奏してみると僕も同感でしたので、元の鞘に納まったと。

こうして3時間のリハーサルは終了しました。

このリハーサルは、特にソロやインプロでコレ!と言った良いところが在ったわけではないので、それほどの充実感、満足感は希薄でした。

しかし、実はこうした割り切った内容こそ音楽を完成させるには必要なものであり、先につながっていく良きリハだったと感じております。

一週間後また2回目を行い、ライブ本番となりますが、随分と安定して来ました。

この調子が行きたいと思います♬

 

バンドを想定しない考え方

約15年、殆ど同じ流れで音楽をやって来た。

つまり、まずバンドが在って音楽を作り始めるという。

自分の音楽を捻り出す前に既に、目の前にバンドが中心に居座っている感じ。

バンドが自分の音楽形態と信じ切ってやって来たのである。

まあ、そういう人は多いだろう。

ここ数年間、バンドの様々な点において疑問を感じ、また深く悩み蛇行を繰り返して来たが、ひとつの結論として、自分の置かれるべき環境が異なっているのではないか?ということ。それは言い方を変えれば、自分の環境形成があまりに下手というのか、気が利いていないというのか、そういうことだと思う。

それが、精神的な歪みをもたらし、現在の状況となってしまった。

先ほど、試しに 自作を拾い上げて、ピアノひとつでバンドを想定せず、弾いてみた。漠然と弾いたのではない。きっちりと音楽として成立し、尚かつ自分が楽しく聴けるようにもう一人の自分が聴き手として目の前に座っているイメージでアプローチした。

目がウロコだった。

まず、テンポが全く違う。これまでのテンポよりずっと遅いのにテンポ感とグルーヴ感を持っている。メトロノームで言えば「20」も違う。しかしそれで、スピードを失っているのだろうか?そんなことはないと思う。

もしかして、ドラムのSさんが感じられているのはこういうこと?と少し思う。

こう言う感じ、ああいう感じと漠然とした言い方で伝えて来るのは、こういう類いのことだ。こう言う類いの事は言葉で表すのは難しい。誤解されるのがオチというものだ。

これは、この作品を作曲した当時のコンセプトをもっと発展させたものだが、音楽のタイプとしては、ゴリゴリと人を押し倒すタイプの昨今の演奏とは全く異なる。

飄々として、軽く、軽快で、皮肉が利いている。

そう、当時の特長であるパロディ的であること、後ろからそっと忍び寄って背中をコチョコチョとくすぐるような。

異色のテクノであり、あぁ、、これが自分だったのか?

と、驚き、深い悩みが一瞬、霧散した実感があった。

しかし、分からない。今夜、帰ったらもう一度トライしてみよう!

〈帰宅した!〉

トライした。少し印象が変ったが、大体は同じだ。やはり軽快でリズムマシンが合いそうなイメージだ。実際、これを作曲した当時はライブであってもリズムマシンを使用していたのだ。わざとというより上手いドラマーさんが当時周囲に居なかったから。今はSさんが居るから、ここは少し違うところか。

自分の即興をコピーって、、辛いあるよ!

この譜面は7月8日ライブ・四ッ谷Doppo におそらく演奏すると思われる「Elegia」 のイントロパートとなります。ようやく整理が終わりました。

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珍しくシンセ両手弾きで行きます。久しぶりの譜面アップですね。何と言うか本ブログ、本筋と申しましょうか(笑)この譜面をこのままピアノで弾くとまともではない。というのは、シンセの音色が5度のインターバルを持って重なった音であり、そのサウンドに影響を受け即興的に出来たパートなのです。

(因にシンセはKORG/R3です。このシンセの出音。大好きです。今まで使った歴代シンセで一番好きかもしれない。これは別ページでご紹介しましょうか。)

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この30小節程度のパートを、一週間ほどかけてコピーしたと。

自分の即興をコピーするほど"きつい"作業はないです。

この男が如何に適当で、気分だけで弾いているか!!ということが如実に理解出来るからであり、これを譜面という実に厳しいルール枠に当て嵌めようとすると無理が出て来る。しかし出来上がっている小節線無視の音楽は、堂々と「これでいいのだ!」とバカボンパパのように言い切っているのです。なので、必死に一体どうなっているのか精査し譜面化したわけです。どうして?ライブでこの通りに弾きたいということと、ドラムの入り込みが若干必要だからです。

さて、適当に弾いた(しかし、どこやら気に入ってしまった)イントロパートを解析していくと、やはりというべきか拍子の変化がみられる。得意のご都合主義で、5拍子を挟んで3拍子へと移行し、そして最後は次に来るテーマパートに備えて4拍子に戻っておりますが、そこに2拍三連1拍三連を介して、自然な形に聴こえるようにしている。そこがポイントでもある。譜面で言うと20小節・頭でドラムのアクセントが必要であり、このパートを譜面化する要因となった重要ポイントだ。

これがクリックもなしで適当に即興で弾いて、テレコ代わりのDAWが表示している小節数など全く出鱈目なのである。

しかし、このクリックもなしで弾いたからこそこの音楽が生まれたとも言えるので、この自作のコピーは必須作業ということなのでした。

疲労感いっぱいではあるけれど、こうした流れは今後増えるに違いない。

タイトルはギリシャ語で「エレジー」つまり哀歌という意味です。

全くもって我が哀愁の音楽人生、この泥濘はどこまで続くやら、、音楽は楽しくやりたいですよね、、。

彼のコルトレーンは「私の人生にレジャーはなかった」と宣ったが、では「音楽」は楽しくなかったのでしょうかね?

分かるような気がします!きっと大変だったのでしょう(涙)

少しでも楽しく音楽を行えるよう、工夫してまいりたいと思います。