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自作*アナライズ

作曲した内容の公開と分析です。参考となる部分があったら嬉しいです!

怪獣好きは音楽に影響があるのか?

あるでしょうとも!

いや、あると思いたい。

そういうことで曲分析という堅苦しい話題ばかりですので、たまに怪獣ベスト10行きましょうか。

先だってTV(NHK)でウルトラ五十周年をやっていたわけです。その出し物の怪獣ベストランキング、、1位は何とゴモラでした。

ゴモっとも、、なんて言わないでね。

僕は違う結果でしたので、ここでひっそりと発表しておきます。

ここでは敢えてゴジラガメラ、サンダ・ガイラ(傑作です!)という映画派は含まないようにします。あくまでもTV、ウルトラ怪獣です。

 

1.ジャミラ/初代ウルトラマン

迷わない堂々の1位。物悲しい怪獣。というか宇宙星人。水に弱いという意外に戦力的にコストのかからないタイプなんだな。ウルトラマンが悪に見えてしまうというところがミソ。ウルトラシリーズが多分に社会派だったということの分かりやすい例でしょう。因にこの宇宙星人は富士隊員の桜井浩子の最もすきな怪獣(宇宙星人)だそうです。六本木の森ビルで行われたウルトライベントに子供と行った時に、入り口付近に立っておりましたが、TVの印象より数倍不気味でしたね。凄いデザインだな、と感動したものです。名の由来はアルジェリア独立運動家である「ジャミラ・ブーパシャ」ということらしいです。

 

2.三面怪人「ダダ」/初代ウルトラマン

タイトル:人間標本の主役。最高ですね、このお方。ジャミラと僅差でした。このシマシマのデザインと頭でっかちなスタイルは、どこか昔の青林堂の漫画みたいです。ダダはどちらかというと頭脳派ですので、喧嘩はちと弱い。すこしナヨナヨしていて、そこがまた特長でもある。ウルトラマンが両手を真っすぐ延ばして飛ぶのに対して、両手を広げて飛ぶところが楽しい。ダダのお人形をシンセの脇に置くと、よくいるタイプの音楽家の一人でなってしまいそうで怖いが、しかし時間の問題であろう。

 

3.エレキング/セブン

タイトル:湖の秘密に登場の通常怪獣タイプですが、人気がかなりある方です。牛さんみたいな模様と、グルグル回る角?が特長。

また湖から出て来るところが何とも魅力的で、場面設定も秀逸でした。やはり怪獣のデザインに限ればウルトラセブンが最盛期と言い切って良いと思います。好きなシリーズは初代ウルトラマンなのですが。

この怪獣を操っているのが少女の双子というところが、どこか横溝正史的(ウソつけ、、笑)でインパクトあり。余談だがこの放映日、僕は親戚の家に家族と出かけていて生放送を見ることが出来ませんでした。放送が始まったとき、我が家のいすゞ「ヒルマン」はトンネルの中でしたが、僕はあまりのことに涙が止まりませんでした(笑)

 

4.ペギラ/ウルトラQ

これは僕が特撮というものを最も意識させられた作品です。ペギラというのは確か2作制作されていると思います。「ペギラが来た!」と「東京氷河期」ですね。ペギラというのは放射能の影響によりペンギンが突然変異して巨大化したという成り立ちの巨大怪獣です。ウルトラQはどちらかという小振りな怪獣が多いですが、その中にあって堂々たる存在感です。ウルトラQはハッキリとしたヒーローの居ないシリーズですが、場面によってはウルトラマン以降のものよりリアリティを感じるところがあるのは、どうしてなのか不思議です。このペギラ2作もそうです。南極で最初にこの怪獣が登場する辺りは、どうしてなかなか不気味で迫力があります。ペンギンというよりトドに近いと思うのですが、まあその辺は愛嬌でしょう。

 

5.ガラモン/ウルトラQ

誰もが推す傑作怪獣でしょう。そのこんもりとした格好。「松ぼっくり」のような風情。カシャカシャと機械的な音を立ててギクシャクと歩くのは、滑稽さと気味の悪さとミックして視聴者に何とも言えないイメージを植え付けたと思います。また、このガラモンというのは実は宇宙人に操られているのですが、その人間に化けている痩せた不気味な男がなかなか良い味をだしているのですね。最後、作戦に失敗したということで仲間に見捨てられ処刑されてしまうのが何とも恐ろしい。このウルトラシリーズでは、怪獣が実は操られたものであるというストーリーが形を変えて散見されますが、そこには何か人間社会に対して警鐘を鳴らす意図があったのかも知れません。どこかしら社会的なスタンスはこの時代の番組では珍しくはなかったのですが、子供番組を単にヒーローものにしないで、どこか考えるヒントを埋め込むというのは素晴らしいことだったと思います。

 

6.雪山怪獣「ウー」/初代ウルトラマン

このネーミングですよ。「ウー」の名の由来を知りたいものです。

因に、うちの嫁の一番好きな怪獣です。

雪ん子とセットですね。この怪獣はこの少女の無くなった母親の亡霊という設定です。

そこがまた、雪山のイメージと相まって独特な世界観を演出しております。

調べたところ、ウーの体重は0kgなんだそうです。

まあ亡霊ですから。しかしウルトラマンにしっかり投げ飛ばされたり、スキー場を破壊したりします(笑)

そういった戦闘モードになると瞬時に目方が増えるのかもしれない。

最後はウルトラマンに負けるわけでもなく消えてしまいますが、それもまた亡霊ですから。勝った・負けたというのはおかしいでしょう。

正しい終わり方です。

最後、雪ん子は死んじゃったのでしょうか?

知恵袋にもこの質問をしていた方がいらっしゃいましたが、ウルトラマンってわざとこうしたハッキリしない終わらせ方を時としてやりますね。

ナレーターに意味深なことを言わせたり(石坂浩二さんが担当していたりしました)して何か心憎いです。

 

7.宇宙恐竜「ゼットン」/初代ウルトラマン

ウルトラマンが負けた!!

これは小学校4年生だった僕にとって、大変な衝撃でした。

次の日の月曜日、登校する路での男子生徒は口から泡を飛ばして驚きを表現しておりました(笑)

ゼットンウルトラマン(初代)を倒したことで一気にスターダムにのし上がりましたが、実はその姿形も魅力的です。蝉のようなクワガタのような、虫系のデザインですが、全体として悪魔的な表現をしており上手く行っていると思います。その黒っぽい身体とは対象的に顔面中心と胸に黄色く光る鮮やかな部位があって、そのアクセントがゼットンという子供ファンにとっては最悪のキャラを押出しているわけです。沈黙の悪魔とか言っている割には自分で「ゼットン」とブツブツ喋ってしつこく主張しております。強かった割には、科学特捜隊のペンシル爆弾にあっけなくやられてしまいました。

 

8.ケムール星人/ウルトラQ

尖り帽子のような頭の形。グルグルと動く眼球。長身痩躯で足も速い。

特長満載の人気キャラです。

名場面はパトカーに追いかけられて走るシーン、相当笑えます。バカにした笑いではなく微笑ましい。

夜の遊園地の観覧車のところで巨大化するシーン。これはもう天才的な場面設定です。

つまりケムール星人は、作品ひとつで魅力が感じられるということだと思います。

ウルトラQを見ていたのは、重度の小児喘息で1ヶ月の入院生活から開放された頃でした。少しづつ体力を取り戻して小学校に復帰した頃と重なります。

それにしてもケムール星人の走り方、独特です。

これは随分と演出を突き詰めたのではないでしょうか?

 

9.バルタン星人//初代ウルトラマン

あまりにベタなので止めておこうかと思ったけれど、まあ入れておかないと。僕が聞いたところでは、このバルタン星人の名は、フランス歌手のシルヴィ・バルタンからとったもの、、ということでしたが、実はそれは違うようです。本当は紛争地域だったバルカン半島からとったものだったらしいです。ただ子供人気番組でもあり、シルヴィ・バルタンということにしておこう、、ということが真実らしいです。バルタン星人で実は難民なんですね。星を失って漂流していたということになっている。それは現在の難民問題にもつながる。バルタン星人の完璧な姿と高い知能はやはり魅力的です。ウルトラマンコスモスで「バルタン」という映画が制作されましたが、これは実はなかなかの傑作です。ウルトラファンの皆様は是非ご覧あれ。

 

10.ベムラー//初代ウルトラマン

記念すべき、初代ウルトラマンの1回目作品です。このベムラーを追って地球にやって来たのがウルトラマンでした。ウルトラマンてのは宇宙の警察官みたいなものですから。誤って衝突事故で命を失ったハヤタ隊員のために、憑依(同体となり)して地球平和のために残ることにしたわけです。ベムラーは青い球体に変化、マッハのスピードで飛行出来るわけですが、その割には恐竜タイプなわけです。その違和感は実は僕としては決して嫌いではないのですが。追ってきたウルトラマンは赤い球体でした。その対比が魅力的に感じられ、今でも印象に残ります。ベムラー自体のデザインも旧恐竜タイプながらどこか歪な特長があって数多の怪獣の中でも魅力的だと思います。

 

はい。如何でしたでしょうか?おそらくウルトラファンは皆、贔屓がございますから全く違っている方も少なくないでしょう。でも違いもまた楽しいですよね。

ウルトラマンが僕の少年時代在ったことが幸せでした。今、これを書き終わっての実感です。ではまた♬

「波濤」のアレンジ作業を終了。

着手したと書いて、今度は終了?

つまり日記をサボっていたわけだ。

まあこうした日記というのは後工程の更にまた後。

時間に余裕がある希なケースで書くものなので、と弁解するわけです。

まっ、とにかく、こうして4作品全て当初の予定通りにリアレンジを終え、プロのギタリスト達に道場破りのようなイメージで聴いてもらい、気に入っていただいたらFLAT122で弾いていただくのである。

 

実に、無謀かつ恥知らずな暴挙であろうと思う。

これで戦果が上がらなかったら、潔くFLAT122のギター探しは終了して、平行して進めているもうひとつの、富川田(バンド名はないので名字をとっただけ)のアレンジを進めることとする。

返事が来ないものをバカ面して待つほど滑稽なこともないので。

最低限のプライドくらいは僕にもある。

 

さて、この富川田の2曲は既に富山さんから譜面が送られて来ており、僕は少しだけ練習してみた。しっかり弾けないとアイデアも出て来ないひとなので。

9/8拍子だが、5+4で割っている。これをオルガンバックにシンセが弾いているが、何やら難しくまともに弾けない。

これコンパクトにまとめると良いでしょうね。

現代的かつニュートラルな感じで、変にスタイルを追わない方がより個性が際立つことでしょう。

これに対して僕の用意はblue M.S. というKTGの最盛期に作曲した5拍子中心の作品でこれをこの新しいバンド用にアレンジしている。

久しぶりに弾いてみると、やたらとメカニカルで難しい。5拍子かと思いきやたまに6拍子がはいるのが実にいやらしい。

何考えてこんなことになっているのだろう?

ということで、しばらくはこの作品に光をあてたいと思います。

ではまた♬

 

「波濤」に着手

「波濤」は林芙美子の小説のタイトルである。

それは後から知ったことだったが(不勉強なことで恥ずかしいです)、

モデルとなった町は「釜石市」だった。

この偶然を今でも気に入っている。

生まれ育った町、北の隅っこにある鉄と魚の町「釜石」

 

波濤は、僕の作品中では最も愛着のある作品となる。FLAT122の柱とするべく作曲に着手したのは、2003年9月に聴いたトッパンホール「児玉桃」さんのメシアンがきっかけだ。あれは「幼子20の眼差し」というとてつもない難曲であり大作なのだけれど、これですっかりノックアウトをくらった僕は、どうしてもこういう精神性というのか、イメージだけではない、深堀した作品を造りたくなったのだった。

しかしながらプロトタイプとして作曲した内容は、当然のことながら力不足でお寒く、また当時のFLATの実力では形になる気配すらなく、何だか旧態依然の出来の悪いロックの域を出なかった。

その練習時のサウンドは今でも耳から離れない。

結局この作品が形になって吉祥寺のシルエレ等で普通に演奏出来るようになるまでには2年近く必要だったことになる。

しかし、この作品の救いはそのシンプルかつハッキリしたテーマと、展開部の特徴的なリフにあって、決して捨て去っていいか?と言えば「それはちょっと勿体ない」程度には感じていたのである。

がまさか形にするのに2年も待たなくてはならないとは、どれだけ不器用で試行錯誤するのだ?と呆れる他は無い。また、ドラムが正式に田辺君が入って、新しくタイトなリズムを刻んでくれたことも後押ししてくれたと思う。

バンドはドラマーひとつだ!!

それは、ずっと変らないであろう僕の考え。

さて、この波濤と、最後にパノラマというのをやり直して、一連の作業を一旦終わる。

1.Spiral

2.Neo Classic Dance

3.Matsukura Snow

4.Hato(波濤)

5.Panorama

この5作品は紛れもなくFLAT122を形作った中心選手であり、何と言うか風変わりな作品ばかりだが思い入れだけはとても強い。

FLAT122を長く聴いていただいている少し変った方達(笑、、ありがとうございます)にとっては、普通にスタンダードなスタンスと思う。

しかし敢えて、今、事情により新しいギタリストを迎えることになっており、そのついでにハードルを数倍高くしたのである。

波濤は、それでもテーマの音価が長く、ギタリストがギターらしく弾ける珍しいパートが存在する。また即興パートもあるが、これは方向性を打ち出しており、即興と言っても、滅茶苦茶なテクニックを要求する。

 

本作もポイントとなるパートをアップしながら自作アナライズを継続しようと思います。ではまた♬

「Matsukura Snow」をシンプルに!〈完〉

「完」とか「終」って昔のNHKドラマなどでよく見かけたけれど、今も最終回には表示されているのだろうか?

TVと言えば、ニュースとサザエさんくらいしか見ないので(笑)

ということで、このどうにも悩ましかった本作品も作業完了となりました。

まあ、何と言うかシンプルにするのは良いけれど、えらく難しいところがありアレンジなのか練習なのか分からなくなった箇所が随所にあります。

 

とは言え、僕の作品をクラシックのレベルで当て嵌めると(こういうことをよく考えるのですが)おそらく簡単なところはせいぜいソナチネですね。クレメンティとかクラーウとかの誰でもピアノの稽古で超えるハードルです。

バイエルからこれに来ると、少し大人の気分になったものです。

僕の作品のテーマ等のバックは概ねこの程度のレベルです。

そして、本日さらっていた僕にとっては難しいパート、これはトーナリティとしてはF#m、そして転調してG#mというところが出現しますが、これがおそらくベートーベンの中級クラスのソナタレベルと思います。つまりは8番とか14番辺りです。

まず間違いないでしょう。

本人のテクニックから言って、30、31、32番という後期三大ソナタや、間違ってもリストのソナタ、ラベルのピアノ作品のような難易度ではありません。

よって、先々どこかの出版社がピアノ月刊誌等で掲載するのにも向いていると思うのですが、如何でしょう?

 

しかしこの作品で苦労したのは、そういうことではなくてベースレスを超えなくてはならない、そのサウンドとピアノの限界にあります。

聴いて「何かベース欲しくねーか?」そう言われては、失敗なのです。

長年、幾重にも試行錯誤したSpiralとNeo Classic Danceはそこそこなレベルと自負しておりますが、他の作品をこの2点と見劣りなく並べるには、例え曲そのもの

が出来ていても、ベースレストリオとして完成させるには相当な苦労が待っているのだ、、ということをしみじみと感じわけでございます。

思い起こせばFLAT122は常にそのような状態だったわけです。

でも、それがまた骨組みしかか残っていないような編成だった理由から、時間のない僕でも深く入れ込めたわけです。

 

ex.01 142BまでがF#m、この142の素早いアルペジョを介して143BからのG#mへと移行させる。

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今回、この作品の白紙からのアレンジに要した時間は、大体3週間くらいです。曲が出来ており、これまでもいくつかのユニットで演奏しておりましたが、その経験値を考えると随分時間がかかっており、あぁ、、苦労したのだな!と感慨深いものがあります。

つまり結局、ベースのいないバンド。ギター、ピアノ、ドラムだけで形にするのは楽しくはあるが、その数倍大変であるということなのですね。最近ダイエットで2kg減らしましたが、更に筋トレ継続して体力をアップしたいものです。でないと年寄りにはキツイ音楽ですから。しかしこれを今更やろうってのは、余程楽しいところがあるのでしょう。それにもはや迷わない自分の精神状態がスッキリしているのが良いところです。

最後に作品の調性を感じるというのもポイントです。この作品では特に、トーナリティを意識しました。F#m、、、暗いです(笑)ショパンなんか好きですよね。ショパンって問題発言ながらあまり好きではないところがあるのですが、、、(失礼!)

弾き難いキーですが、深みと陰影のある良いキーです。皆様も是非、嫌わないで使ってあげてください!!

 

ではまた♬

「Matsukura Snow」をシンプルに!〈続〉

てなことでこのやたらとゴチャゴチャとしていたダメダメな構成を整理するという記事を昨日書きましたが、ようやくほぼ完成したところです。

「ほぼ」というのは細かいパートのつながり、それから最後の終わらせ方で若干の手直しを残しているからです。

コードワークはかなり単純なところと、ギターソロパートのように新しいタイプのヴォイシングを使ったところとハッキリと分けています。

それがまたこの作品の現アレンジの肝だと思います。

 

ex01.ギターソロのコードプログレッション2コード2種、それぞれ2回づつリピートです。

E♭/Fm7(♭5) / D7(#9) ×2 →GM7 / F-M7 ×2

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単純なコードプログレッションとはいうものの、基本のトーナリティがF#mとピアノにおいては少々弾き難いキーを選択しており、よってエンディングで一旦Emに落ち着かせたところから、徐々に1度づつ転調していくところなどは、自分の作品でありながら、かなりの練習を必要とする。というか自分が下手なだけという話もある(笑)

Emはともかく、そこから一旦中心となるF#mに戻し、更にG#mに転調するとなると、技を利かせた広範囲に指を持って行く素早いアルペジョなどは超難しい。

止めときゃ良かった!思いましたが、考えがブレて行くことを極力避けているので、こう言った場合はとにかく出来るまで練習しないといけません。

転調の行き着いた先G#m。この後A♭に転調して、この作品の終わりへと向う。

 

ex.02 こういったスタイルでEmからG#mまで転調を繰り返す。寄せては返すさざ波のイメージだろうか。

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結局この作品の構成整理と白紙からの完成まで2週間という時間を要した。

ない頭をしぼって考えた部分も多く、重層的な試行錯誤の世界は思い起こすと気持ちが悪くなるほどだ。

しかし大切なのはあくまでもイメージであり、それをどのように表現するか。

アパートの群れを覆う銀世界、闇の中、水銀灯に照らされる白い欠片、屋上から角度を変えて眺めるパノラマ、赤い屋根の電話ボックス、クリスマス時分に開かれるカトリック系幼稚園のバザー。今では神様はベートーベン一人と決めているが、お弁当をいただく前のお祈りや、園長先生が仏人であったこと、12月に開かれる園児の劇がキリスト誕生であったことなど、しっかり心に刻まれている。やれやれ宗教の力というのは侮れないのである。

さてこれで難産だったこの作品の作業は大体終わった。後は楽しみつつ、ドラムパートを面白くするとか、先に述べた今ひとつあっさりし過ぎているエンディングに少しだけ梃入れを行うこととする。

ではまた♬

 

 

「Matsukura Snow」をシンプルに!

という主題通りシンプル化はほぼ終了。

後残すところはエンディングだけ。

これが終わると3曲仕上がったことになる。

明日の土曜日、日曜日をかけて細かい修正をかけて完成。

どうしても聴かせないといかない人がいるので、目が45度ほどつり上がっております(笑)

あんなにゴチャゴチャとした構成を、バシバシと切り捨て、テーマA/Bとギターソロ、そしてまたテーマA/Bそしてエンディングとした。

実に分かりやすい。

それでいて、コード感の微妙なところ。新しいプログレッション(自分としては)音使いを鏤めた。

FLAT122ってどうしてこうも、作曲者心を熱くするのか?

それはもう単純なこと、バンド構成に無駄がないから。

むしろ足りていないところがあるかもしれない。

体脂肪無さ過ぎのイチロウみたなものか?

ポイントとなるパート、音使いの譜面サンプルはあらためてここにアップします。

では、会社行きますか♬

「Matsukura Snow」心にある記録をどのように表現?

作曲、と同時に練習中のMatsukura Snowのギターソロパートのピアノバッキング

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一見単純に見えるアルペジョだが、とてつもなく僕には難しい。Cをルートにどれだけの展開が計れるかにトライしたパートだが、自分で即興で作曲したものを弾くというのは難しいのは前々から知っていたが、これはその最たるものだ。

指がさっぱり行かない。少しだけバルトーク入っているか?

ということで、ただ今、練習中!!

不明瞭なところが散見されるので、シーケンサーでオクターブあげて練習という涙ぐましい工夫は、かつてのFLAT122を彷彿とさせる。

そう、僕はすっかりこのバンドの人に戻っています。

にしても、どうにか本日中にスラスラと行きたい。

途中、歯科に行かないといけないのがネック。

でもピアニストにとって、歯というのは生命線で意外にバカにならない。

しっかり予防するようにしています。

今日は3ヶ月に一度の予防歯科というわけですね。

このMatsukura  Snowもまた紆余曲折の極みで、ようやく辿り着いたのだが、最後のこのギターソロパートで産みの苦しみを味わっているわけだ。

もともとギター、ドラム、ピアノで作ったものは、それがオリジナルなのであり、そういうことを大切にしたいと思う昨今である。

直感ながら、もうそういう編成面でフラフラすることはないだろう、という気がする。

あれだけ苦労して、そこそこな段階まで築き上げた我が城を、わざわざ壊すこともないだろう!

そういうことである。