自作*アナライズ

作曲した内容の公開と分析です。参考となる部分があったら嬉しいです!

作品の構成で深い悩み。

悩みと言っても、これも楽しいことなのかも知れない。

今、鍵盤×2、ドラム×1という編成のために、以前バンドでやっていた「Blue M.S.」という作品を白紙からやり直しています。

原曲を活かし切るという手も考え、途中まで進めましたが、中止と。

自分の最近の悩み、自分のここを変えたいというところからです。

それは構成キャラとも言うべきもの。

自分の作品の根幹に関わるところかも知れませんが、このテーマ過多で複雑と言われて来た訳の分からない構築性とも言うべきところにメスを入れようと思っているわけです。

作品において、一体自分は何を伝えたいのか?

そしてその伝えたいところを押出すパート、その中心となるパートを何処に置き、それはどのような出現の方法をとり、周りを固める形をどのようにイメージするのか。

そういうことをまず感性とか直感ではなく、しっかり考えてから取り組みたいと思うわけです。感性・直感は僕がこれまで最も大切にしてきた要素ですが、しかしこれは大袈裟に考えなくても、旋律を捻り出す時には勝手に主力を担うわけです。

それは誰でも共通してます。旋律が生まれる時は誰もが何かしらの感性が働いているはずです。日頃の生活、見聞、思想、旋律を奏でているときの温度、湿度、体調、そして最も重要なのは自分が一体どういうものを表現したいと思っているのかというヴィジョン、そういった多彩な要素によって作曲家の個性は興味深いほどに異なるわけです。

 

さて、せっかく捻り出したテーマを幾重にもつなげて行くのは、面白いと言えばそうなります。しかし、イメージ表現からすると方向性を朧げなものとし、聴き手が得ようとするフォーカスを難しいものとしてしまいます。

強いテーマは(それがしっかりしたモノであれば)1、2点で良いというのが今の考え方です。

そして言いたいことが終わったら、とっとと終わらせると。

いつまでもダラダラと続けない。

作曲中、別テーマが出て来たら、それは記録しておき、別な作品とする。

あくまでも1テーマをどのように押し出し、それをどのように聴かせ、始点から終点までのラインを描くのかに知恵を絞るということになります。

今、作業している作品は、ですからプロトタイプと言っても良いのかも知れません。

自動車の生産においてもプロトタイプというのは必要です。

こんなデザインがユーザに受け入れられるか?という不透明性がある場合、採算をある程度度返しして、プロトタイプを市場に投入してみます。

かつてトヨタはスポーツタイプのセリカにそのような役割を与えていたと聞きます。

なるほど、言われてみれば、あの車はトヨタにしてはデザインに冒険がみられました。

 

僕の作業は、自分のこれまでの作品性を大きく否定することにより、昨今、辟易していた自分のオリジナル性に変革をもたらしたいと考えております。

本日もオリンピックに気を取られながらも(笑)何とか、作業を続けて行きたいと思います。

ヒントとなるのは、完成させようと思うわないこと。未完成で止めて、後の隙間をバンドで埋めるように音楽の枠を調整することです。

作曲家が全て重箱の隅をつつくようにやるのは、ライブを繰り返して行く段階においてマンネリ化するので(僕にとっては)最近の自分にとっては面白いやり方とは到底言えない。メンバーに重要なところを委ねてしまうのはそのご一緒するメンバーの力量が必要です。あるところでは自分より遥かに力のある方でないと難しいかも知れない。しかし、この鍵盤のもう一方であり富山さんと、ドラムの田辺君は、そうした条件を十分に満たすだけテクニックと(ここが肝心ですが)自由度と柔軟性を持っております。

僕が望むのはもはや演奏家ではないのかも知れない。同じスタンスをとれる音楽家ということになるのだと思います。

 

ではまた♬