読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自作*アナライズ

作曲した内容の公開と分析です。参考となる部分があったら嬉しいです!

その旋律って何処から来たの?

音楽の資料を用意する時、例えば現在はピアノトリオを稼働しているので(流石にこれは長く続くかも知れない。)ベースとドラムだけをリアルタイムで打込む。

手動でほぼ一筆書的に、一発で終わらせる。気に入らなかったり間違えたら最初からやり直し。体力勝負だし時間を要しますが単純明快です。

そしてプレイバックすると、ふとその旋律は何処から影響を受け、どのような道を辿って自分の指先まで到達したのだろうか?と思う。

特にベーストラック(ベーシストはこれを参照する)にはそういったポイントが散見される。

昨日、僕は息子のビッグバンド(彼はここでトランペットを担当しています。)を義理父と嫁と三人で聴きに行きました。

義理父が車の方が身体が楽で良いというので、実家の車を僕が運転して会場まで行きましたが、その道中父がずっと聴いていたのがクラシック音楽、それも全て交響曲というのが何とも大袈裟なわけですが(笑)。ドボルザーク8番(ドボハチと呼ばれたりする人気曲)、後は全てブラームスだったと思う。

それを延々と聴かされて、腑に落ちたのだった。

クラシック音楽に共感したフレーズが心に蓄積されており、それがベースラインを紡ぎ出す瞬間に出現しているのか!

ドミナントモーションで使用される経過音、そしてメジャー7thの使い方がポップスでもなくさりとてフュージョンぽくもならない、別な次元での色合い。

それは交響曲の中低域を担っているチェロ、コントラバス、管楽器であればチューバからファゴット辺り。そこを幼少の頃から、特に中学生。そして音大受験時に集中して聴いたことによる。中学一年の「ドボルザーク・新世界」、受験時の「プロコフィエフ・ピアノ協奏曲3番」は、試聴回数が度を超えており、そのためか現在この辺は滅多に聴かない。

作品内容として新機軸であること、ニュージャズ、モードの多用であることなどを主眼としている自分がベースにこのように弾いて欲しいという、根源的かつ音楽的なところでは古典の影響がドーンと出ているということを認めなければならない。

そう言えば大分前、お客様で来てくれたクラシックピアニストに感想の手紙をいただいたことがあります。そこには「あなたの音楽の根底には何と申しましょうかベートーベンが息づいておりますね。そして、そこが良かった。」と書かれておりました。

 

ex.  C-2からのベースライン48小節はF、50小節はAだが間違いなくクラシック古典的なライン

f:id:ktg0912:20170402152154p:plain

物心のつかない小さな子供の耳から入り込んだ音の心への入り込みは半端じゃない。

そして、経験として聴いた音楽は先々某かの形で自分の個性を形成する要素となりうるわけです。また、そういった音に肯定的であり、積極的に出来るだけ自然で、キレイに響くように使ってあげたいと思うのです。古典だから古くさいということはない。それは作曲の成され方が様々なところで異なるだけです。僕は現代音楽に重きを置く人間ですが、しかしだからと言って古典から得たことは未だ大切な自分の一部だと思っております。現代に生きる僕たち音楽家の幸福は、古典から現代までの宇宙的とも言えるデータから素材を取り出し、勉強し、吸収・咀嚼して、そして創出するという醍醐味があるわけです。そこには勿論クラシック音楽だけではない、ロックやジャズも含まれてまいります。一体何をどのように判断しているやら僕の胡桃大の脳では知れているな、、とも思います。年を重ね、自分の才能の質みたいなものは朧げながら分かります。全く持って器用ではないし、無駄無くスマートにマルチに習得出来ないタイプです。人の後塵を拝するのは何時ものことです。子供の頃から。

せめて音楽を沢山聴き、勉強し、吸収して自分の引き出しが何時も賑やかであったら良いな、と願います。