自作*アナライズ

作曲した内容の公開と分析です。参考となる部分があったら嬉しいです!

もう少し広げます♪「音大受験とピアノフォーム」

自作解説だけでは今ひとつ広がらないので、今回からもう少し幅を広げてまいります。

考えても見れば、音楽の進歩には様々な要素があるわけでして、理論的な解説だけではとてもカバー仕切れない。

このようなコード進行で、、と説明してもそれを弾くテクニックがないといけない。

そこで、ピアノ関係から、私がこれまで影響を受けた作品の解説、そして機材のことまで広げてまいりたいと思います。

本ページではそのカテゴリ

拡大の第一弾としましてピアノのフォームを取り上げます。

「お前がピアノの基礎か!」と実家の親には笑われそうですが、まあ。。あの人達はネットもやっておりませんので(笑)

さて、私がピアノを本格的に習い始めたのは実は上京してからなのです。

岩手の実家におりました高校時代まで若干習いましたが、長続きすることはなく止めたり、始めたりの繰返しで、高校時代を終える時点でやっていた教材はエチュードとしは(正直に申します!)チェルニー40番の34番辺り。バッハのインヴェンションに入ったばかりでした。バッハのインヴェンションには面食らっておりました。右手と左手と別々な旋律を弾くという概念が無かったもので、こりゃ大変な作品に出会したと腰を抜かしたものです(笑)。

漠然と音大に入りたかったので、父に相談しますと1年だけ時間をやるから東京で鍛えてみろ!!と言う事でした。思い出しますと寒気がして来ます。今の私なら、その辺の私大に入って卒業したら田舎に帰って父や祖父のコネで市役所に入れてもらったに違いないです。何と言う脳天気、何と言う世間知らずでしょう。

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そして父の判断で当時音大の受験科を持っていたS音楽院に入ったわけです。

そこで、ソルフェージュのイロハ。ピアノは国内においては屈指のラヴェル弾きと言われた(おそらく今もそうでしょう)T先生に師事することになりました。

この音楽院に入る直前、グレード分けのためのテストが実施されました。ピアノも任意の作品で良いから、、ということで途中まで短めに弾かされました。僕は当時やっていた中では何とか聴かせられるものと言えばハイドンソナタくらいでした。コレを弾いたのですが、途中で分からなくなってしまい、面倒なのでアドリブで終わらせました(笑)。先生方は自分の担当する生徒に関してある程度の意見、希望を伝えたか、もしくは会議みたいなものが在ったのでは?と推測されます。おそらくT先生は、僕の演奏が面白いと思ったのかも知れません。あれだけのエリート街道でやってきた先生と言うよりも「ピアニスト」が興味を持つのは、図抜けて上手いか、どうしようもなく外れたタイプということになります。言うまでもなく僕は後者です。それ以外の理由というのは、どうにも考えつかない。

とにかくこのT先生は若く可愛らしい方でしたが怒るとそれは鬼の様で、僕は一度レッスン室から追い出されたことがあります。とにかく鍛えられる!ということは、こういうことなのだ、、と今でも懐かしく思い出します。こうして1年間ピアノの基礎を叩き込まれたわけですが、その中心的な要素となるのは何と言ってもフォームです。僕がここで伝えるフォームは、自分が白紙から考えついたものではなく(このT先生のように)それ相応の先生に教えられたことを噛み砕いて自分なりに伝えているに過ぎません。

まず、フォームの中で最も大切と思われるのは椅子の高さです。

彼のホロヴィッツは椅子の高さがしっくり来なくて本番というのに観客を20分も待たせたそうです。如何にもと言う笑える伝説ですが、まあそれだけ繊細な部分であるところは確かです。椅子の高さを決めることにより、肩、肘から手首の角度、アプローチに反映されます。人はそれぞれ異なる骨の形、筋肉の質を持っている。基本的には肘から手首が鍵盤に対して水平になるところから椅子の高さを決めた方が良いと思います。

ただ、人によって椅子の高低は好みがあり、これまでライブでご一緒したピアニスト達は高い位置を好む傾向にありました。僕がもしかすると低過ぎるのかも知れない。

僕のフォームは鍵盤を鉄棒に見立てて、それにぶら下がっているイメージということになります。何故かと言いますと、僕の悪いクセで、腰が曲がりやすく、猫背で鍵盤に向う癖がある。

記憶が定かではないのですが、そこを先生に注意されているうちに椅子の高さも自然下がっていったものと思われます。また、椅子のどこに座るかも大切な重要ポイントです。椅子は座るというよりも支点がそこに在るという認識で行きましょう。ですので椅子のできるだけ前の方側に座り、座るという感覚よりは「少しだけ支えてもらう」ような認識でまいりましょう。古典のような比較的音域の狭い作品であれば深く腰掛けても影響は少ないかも知れません。また上腕の力が強いピアニストであれば、少々のことは力で持って行くでしょう。しかしベートーベンからショパンリストの活躍した時代にかけてピアノの楽器としての発展と共に使用する音域と音量の幅(ダイナミクス)が広がって行きます。ピアノの機能をより駆使した作品は、深く腰掛けてしまうと瞬時に音を掴みとることが難しくなるわけです。ベートーベンの初期のソナタ、例えば有名な8番「悲愴」あたりでも既にその傾向は顕著です。長くなって来たので脱力と指のフォームは次回にてご説明したいと思います。

ではまた♪