自作*アナライズ

作曲した内容の公開と分析です。参考となる部分があったら嬉しいです!

幸福な一年「音楽院・寮生活」〈前編〉

垢の他人のひとつ屋根の下で過ごす。

それが合う合わないは個人それぞれの性分であり、仕方の無い事だ。

僕は父の車で上京した。トヨタ・コロナのトランクには布団が一式。

それを寮に届けるということもあり、ついでに僕も助手席に乗って上京したのだ。

朝霞台に在るそのS音楽院の寮の前に着いた時は15時くらいだったか。ナビもない遠い時代、よくもまあ地図ひとつで辿り着いたものだと思う。

緻密な頭脳の持ち主・父は前もって下調べをしていたに違いない。下調べは彼の専売特許なのである(笑)

父と僕は寮監に案内してもらいながら、丘陵地に立っている寮内の裏口から出て、山際の中腹に上がったところに位置する練習館の方へと坂を上がって行った。これから一年間、毎日のように行ったり来たりすることになる坂である。そこへ、母親に連れられた同じピアノ科の(名前は忘れてしまった)体格のガッシリとした青年が同じく見学にやって来た。

父はその母親と、楽し気に世間話をしていたが、練習館に着いた時には、二人とも少し圧倒されたようだった。

「まるで独房のようだな、、。」父は呟いていたが、僕も「こりゃ大変だ!」と感じた。2畳程度の狭い小部屋が連立しており、そこにアップライトピアノが押し込まれている。ここで一日中練習するというのだろうか?

僕は不安と後悔でどんよりとした気持ちになっていたのだが、そこに響いた一言。「あの、、練習してもいいですか?

その彼がやる気満々で聞いて来たのである。もう負けている、、、そう思いましたが、結局その彼は受験科で音大を目指すというスタンスで来たのではなかったことが後々判明し「まあその割には情熱があるわな、、」と感心と皮肉と入り交じった妙な気持ちになったものです。その景色、今となっては悲しくなるほどに懐かしい。

寮の玄関には、名札が架けられており、名前の下には専攻名が印してある。"tb"ならトロンボーン、"tp"ならトランペット、"p"ならピアノという具合に。

相部屋だったから、二段ベッドの狭い部屋で二人、1年間の共同生活をする。受験科以外に本科、教育科というのがあり、そちらの生徒は1年ということはなく2年以上はこの「辺境の地」で暮らすことになる。

僕はHというトランペット専攻の兵庫から来た青年と同部屋だった。確か入学前のソルフェージュのテストの時に、見かけた記憶があった。その時、僕は祖父に付き添われて上京したのだが、Hも祖父祖母に付き添われて来ており、明るい性分だったうちの爺ちゃんはHの祖父母と随分と盛り上がっていた。「孫が音楽が好きなもので、、、」とか「こうやってクラス分けされるのですかねぇ?」とか(笑)

この寮生活の一年、特に春から夏休みまでの3ヶ月半。どれだけの刺激が自分に与えられたか、、夏休みで帰省し床屋に行ったところ円形脱毛が発覚したくらいである。

今から思い返せば人生でこの一年というのがあるとすれば、喘息の治った小4の1年間。そしてこの音大浪人1年間の寮生活となる。〈後編に続く〉