自作*アナライズ

作曲した内容の公開と分析です。参考となる部分があったら嬉しいです!

幸福な一年「音楽院・寮生活」〈後編〉

ピアノの課題曲が発表になった。

僕が受けることになったのは、東京音楽大学で記憶を辿ると以下の課題だったと思う。

ベートーベン ソナタから1曲

エチュード クレメンティ「グラドスアドパルナッスム」より連番3曲

バッハ 平均率よりフーガ 2作品より選択

こんな感じです。

僕は最初から"うっかり" をやらかして、バッハの平均率の選択を勘違いし4声の方を選択してしまった。

これはT先生に叱られたが、もう練習を初めていたのでこの"G moll"のフーガで行くこととした。もう1曲は3声であり、作品も若干取り組みやすく、先生が怒るのも無理はなかった。ただでさえ、実力のない僕が何とか一年でやりくりして音大を受けるところまで持って行くつもりなのである。

そこで冬になって、そろそろ本番が近づく頃、先生はそのまたお師匠さんであるI先生のところに僕を連れて行ったのである。

T先生というのは徹底的に贔屓する人なのである。贔屓されない生徒は悲惨だった。

ハッキリしているというか、、でも音楽をやっていく以上、先生であれ聴き手であれ、どうにかしてでも受けないと始まらないのである。

ボンヤリとして融通の利かない僕のどこが気に入ったのか知らないが、幸せなことでありとてつもなく運が良かった、ということになる。

I先生は、それは何とも凄かった。何がって、、、生徒と一緒にピアノを弾くのである。何でも弾けちゃうのである。やれやれ、、、、!!

そして、あまりの凄さに圧倒されて続かなくなって横で弾きまくっている先生を呆然と眺めていると、が落とされる「あなた、どうして弾かないの?何やっているの!!!」ドカーン、、、(笑)しかし大切なのは先生の雷はそりゃ大変なものだが、何故だか陰湿なところはひとつもない。雷なのに空は晴れ渡っているイメージ。温かく、励まされている感じがする。

レッスンが終わるとおしゃべり好きなので、お手伝いさんの悪口を言ったりする。風呂を空焚きして大騒ぎになったとか、そういう類いの話なのだが、今、推測するに先生は僕ら生徒を少しでも明るく、楽しく、前向きに音楽をやらせたかったのだと思います。

今でも先生のところに持って行ったバッハの譜面が傍らにあります。

赤鉛筆で思いっきりグリグリと書き入れている。眺めていると体温が上昇するようです。ご自宅の成城から朝霞台までの道中一体僕は何を考え、目に見える風景はどのように映っていたのでしょうか。

レッスンから寮に戻り、練習館でアップライトを弾いていると、よく周囲から「全然違う!!見違えるようだ!!」と驚かれたものです。

偉大なピアニストから鍛えられること。それは理屈抜きに何かエネルギーを分けてもらっているのかも知れません。

僕は別なページで書いたけれど、生まれ育った町の先生達を絶対に認めなかった。それは、弾いてくれなかったからです。お手本を弾けるのが先生の絶対条件と思います。弾いてくれないのは、弾けないからです。

それからしたら、T先生やI先生のお手本ぶりは神々しいばかりでした。プロの演奏を間近で見ることが出来るということ。それがどれだけ自分の力になるか。

寮生達は皆、それぞれに先生に鍛えられていたけれど、先生運というのは確実にあったと思います。

僕はその後、大学時代の一人暮らしで何故か自堕落な生活に陥り、身体を壊して散々な目に遭う事になります。

集団生活の方が向いていた。そういうことなのです。誰かに見守られ、注意され、励まされる環境。人それぞれ力の出る方向は違うでしょうけれど、僕はこの寮生活からもう少し何かを学ばなければならなかった。

自分に厳しく、自制の利くタイプなら良いでしょうけれど、僕みたいな快楽主義者は駄目です。結局数年蛇行して、ジャズスクールで目を覚ますまでは酷い有様でした。

この朝霞台の溝沼というところに在ったS学院の寮は遠い昔に解体され、跡形もありません。今、僕は成増に住んでおります。

初心に戻るには、例え景色は違っても、その場所に立ってみるのも良いかも知れません。あの時の寮生達。皆、若く、自分を信じ切っておりました。

映画にでもなりそうな、面白い話は山ほどあります。結局、受験科の寮生の合否は半々くらいだったと思います。

それでも、奴らは相変らずな調子で生きているに違いないと確信があります。キャラが濃いから敵も多く毎日がキツイかも知れない。そしてきっと、この一年間のことを時折懐かしく思い出して励まされるのではないでしょうか。

寮で使う布団を積んだコロナから降りて来た父と僕。寮の門の脇に停められた寮監の白い117クーペいすゞの名車)を見た父、、、「おおっ、、これはまた、、、!」

路肩に停めた10年も乗っている古いコロナトヨタの大衆車)。遠い晴れた午後の印象的なコントラスト。

こうして僕はいつも、強く思う。天に召される一歩手前まで諦めない。

自分のためではない。こうした周囲の事柄があったから。